日本史で19点上がった教え子のそのワケを考える。日本史学年1位を更に最強にした方法。


昨日、僕の教え子が模試の自己採点を見せてきて、前回の模試と比べて19点も上がったことがわかりました。
そのことについて、僕なりに分析をしたいと思います。


講師をされている方がいらっしゃればその参考に、受験生の方がいらっしゃれば新たな視点を見つけ出す意味で、受験勉強とは全く関係ない世界の方は、「アウトプットとインプットの関連性」について何か得るものがありましたら嬉しいです。


・彼の勉強方法。
僕は彼の「英語の先生」として家庭教師として雇われ彼に教えるようになりました。


日々彼の英語の成績が上がるようにと、1年前から指導をしてきたのですが(彼のご家庭は2年目です)
彼は日本史はとても得意で、定期テストでは学年でも1位をとったことがあるほどの学力を持っていることがわかりました。


「なるほど。現役生なのにすごいなあ」と彼のことを感心した目で見ていたのですが、彼の「日本史の勉強方法」と「彼が日本史の学力が高いわけ」をよくよく観察してみると、彼の勉強方法には「ある危険性」が孕んでいることがわかったのです。


まず僕が反応したのは、彼の日本史の勉強方法でした。


僕は彼に「どんな風にして日本史の勉強をしているのか」を訪ねたところ、「定期テストの前に範囲の部分を山川の教科書を読み、資料集を眺める」という風にして受験勉強をしていることがわかりました。


これはつまり、「勉強という勉強をしていない」という回答になります。


彼が勉強をしていないという意味ではありません。

「受験を意識した、ある方法論に則った勉強方法」をしていないという意味です。


「定期テストの前に範囲の部分を山川の教科書を読み、資料集を眺める」というのは、「定期テストのみに通ずる勉強の方法」であり、欠点が多くあります。


・学校の先生は、「史料」を定期テストの問題として出題しないので、史料をほとんどやらなくなる。
・学校の先生は、通史ばかり出題するので、文化史は絶対に手薄である。
・受験において「何が、どう出るのか」という出題形式を意識した勉強をしていない。
・「眺める」というだけなので、知識として蓄積されていかず、重要な知識の漏れが発生する。
・計画性がなく、どうしても自分が好きな時代ばかりの勉強をしてしまうため、全時代を万遍なく勉強していない。


というようなものです。


しかし、彼は現実、「日本史の学力が高い」状態でした。


その理由はとても簡単で、彼のご家庭が彼が幼い頃から色々な歴史建造物などに連れていってくれたため、彼自身は日本史がとても大好きであり、加えて彼のお父様が彼に「世界の歴史」や「日本の歴史」、「時代小説」などを読ませていたため、彼には「教養レベル」と言えるほどの日本史の知識があったためでした。


そのため、おそらく、「日本史の教科書を眺める」という作業だけで、もともとある知識が引き出され、定期テストでも高得点をとることができていたのだと思います。


彼は模試の点数もそれほど悪くなかったため、(6月の時点で偏差値62)おそらく本人も「このままいこう。なんとかなるべ」と考えていたと思います。


しかし、僕は彼の、「古代、中世ばかりやってしまってるんです。近代以降は嫌いです」という言葉を聞いて、今の勉強方法と、これから先の未来を考えた際に、「学力の歯止めがかかる」と判断し、「僕が日本史も指導します」と保護者様に申し出ました。


そして、僕は7月からは「日本史」も担当することになり、指導をしてきました。
そして、結果、さらに学力を上げました。


・僕はどうやったのか。「知識を教えない授業」


彼は日本史が得意であり、能動的に勉強をやってくれます。そしてもともと知識もあります。


そこで僕は、僕が担当を始めた7月の1ヶ月で江戸時代まで一気に彼に復習をさせ、(史料もやらせました。史料は代ゼミの土屋先生の『眠れぬ夜の土屋の日本史』です。)僕はノートを1冊用意させ、インプットをしたものをそこにまとめるように言いました。
僕は、その作業を宿題として彼が家にいる間に行わせました。


そして僕は「ある方法」で彼の日本史の授業を行っていくことにしました。


それは、「インプットを授業でしない」授業でした。
僕は、「日本史は勉強をし終えた時代からどんどんと過去問をやった方がいい」という考えを持っており、7月の終わり頃から授業で僕がやったのは、彼の志望校の赤本を解き始め、「何と何の知識が絡み合って問題が作られているのか」を彼に聞き、ひたすらそれを説明させたことでした。


「この問題の答えは、ア。だけどなんで?説明して。」


見ながらでも構いません。とにかく、説明できるように。


僕は90分の中で、「わかりやすく教えてインプットをさせる」ということを彼にしたことはなく、ひたすら彼に話をさせ、「習った知識がどうテストとして出ているのかを意識させる」ということをしていました。


だから、授業というスタイルとしてはかなりいびつだと思います。


しかし、彼は僕のその授業を通して、一問一答や問題集を解くよりも、自分の中にある知識をものすごいスピードで、ものすごくアウトプットしていたのだと思います。


また、彼が僕に説明をし終えると、僕は要所要所で「ちなみに、これも覚えておいて」や「ちなみに、この時代のこれとどう違う?」などと、少しでも関連する事項があれば、彼にノートで確認をさせていました。


これが彼にとっての大量の知識の強烈な復習になったのだと思います。


授業の進行速度としては、かなり遅く、たった3問を解くのに90分を使っていました。


しかし、現実、彼は日本史の一問一答も、用語集も、参考書も、問題集もほとんどやっていません。
用語集はわからない語句があれば調べる程度で、赤本1冊とノートだけでした。


また、彼はAO試験を受けるので、8月の後半から9月まではほとんど授業はAO対策のみでした。


それで19点点数が上がり、おそらく偏差値換算ですと70近い成績を叩きだし、校内でも上位に返り咲くことになりました。


その彼の結果からしても「教える、説明する」ということは、「強烈に記憶に残り、かつ知識が整理される」ということを僕自身も身を持って感じました。


「より多く教えた者が、結果勝つ」


そんな風に思っています。

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